最近ずーーーっとパソコンの前にいるので飽きてきた。
作業自体はかなり楽しい。
前にカメラ欲しい欲しい、実写やりたい、って言ってたらカメラマンさん入れて仕事できることになってめっちゃタイミングがよかったなーと思ってたんやけど、もういっこの仕事でも試してみたかったことがいつのまにか出来ることになってたのでほんまついてるわ。
カメラの撮影のこととか勉強しなくちゃなぁ~~。
あとは、映画やらなんやらを、今までは単に勉強にもなるやろしと思ってみててんけど、もうちょうい具体的にみていこうと思った。
この映画のこのシーンはどうやって撮っててどういうつながりがあって・・・みたいな。
でもそういう技術的なところもなんだけど、もうちょいアイデアからちゃんと新しいというかおもしろいことを考えて行かないとな。。。
はぁ~~~~いろいろためしてみるしかないよね。
とりあえずカメラ買うべ。
ちなみに一日1キャラやってみている。なかなかおもしろいで。今は、つかれたーていう時にサササッと10分くらいで描いてみてる。100個くらい描いたらレギュラーキャラになれそうなヤツも出てくるやろ。
『いつか唐揚げが海苔巻きに変わる日』
「えっ!?」私は声をあげずにはおれませんでした。隣にいる妻もそう言います。コレは本当にあった話なのです。私はこの日、晩ご飯に海苔巻きを所望しました。妻はそれを受諾、数時間後、私の目の前には数枚の海苔といくばくかの酢飯、そして豊富な種類によってその味の深みに帰結することを担保された大量の具材(しいたけやエビなど)が揃っておりました。そして私はすだれを小さくカットしたような例のあの器具を手に取り、海苔巻き作成段階へとステップインします。私がなぜ私なのか、それは私がこの皮膚から1ミリたりとも外へは出られないのと同じく、精神はこの広大な宇宙へとひろがり、エネルギー保存の法則を思考はあたかも無視し、そして目の前の海苔巻きへとおよそ辿り着くだろう。そうして海苔、酢飯、具材(この場合、まず一本目の海苔巻きなので、かんぴょうやきゅうり等地味目な具材で望んだことが結果好評を得る。)を順に重ねていく。私はそこで意識を取り戻し、我に返りました。なんと私が巻いていたのは海苔でも酢飯でもなく、それぞれ海苔は鶏肉の唐揚げ、酢飯は備長炭、具材は小石や木の葉などに対応しており、あたかもミスドの廃棄のごとく、ゴミを作成しようとしていました。なぜこんなことが起こったのだろうと記憶を遡ります。海馬から伝達された私の記憶にあったのは、素知らぬ顔をしたどこかの犬と、修学旅行の思い出だけでした。それは妻にも同じ事が言えました。まったくもって不思議な体験をした話でした。

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