千日回峰行というのは毎日吉野の山を48キロを1000日間歩くというもの。
この他にもいろいろきつい修行を達成したすごいお坊さんなのだ。
んで話を聞いてみると、
まー薄くて浅くて、毒にも薬にもJ-popの歌詞にもならないようなありふれた薄っぺらい言葉をやたらに偉そうに(いちいちクイズ形式にしてもったいぶる所)話すから聞いてて呆れた。まじで言ってることのバカさにびっくりした。
決定的にこのお坊さんの頭が悪すぎると思ったやりとりがあった。
伊集院「千日回峰行を望んでもないのに毎日苦しくて昨日も明日も辛い人ってたくさんいますけど、そういう人はどういう気持で日々臨んでいけばいいですか。」
塩沼「自分の苦しみを他に向けないことですね。ただ与えられたことを淡々とやるだけです。」
伊集院「同級生にいじめられてても?」
塩沼「そうですね。他を許すって言う事が基本です。」
なんじゃそりゃー!!!!!!!!!!
このやりとりやばかった。
ブラック企業でパワハラされて給料も上がる見込みもないのに仕事がやたらに多くて眠れない日々を送ってる、とか、学校でいじめられてて辛い、とかも、この人は結局それに耐えろとしか言ってないのだ。それどころか、相手を許せ、とまで言っている。
びっくりした。ちょっとバカすぎん?
「相手を許せ」みたいな事っていかにも宗教でよく言われてそーな凡庸なセリフだなーって思いながら、この人について確信したことがある。
結局やっぱこの人は、ただ単にお山でのきつい修行に耐えた、というだけの人間だから、一般社会でイジメやパワハラがあってもやっぱりそれに耐えるという選択肢しか出てこない。別に頭が良いとか悟りをひらいたとかでは無く、単に体力と根性で異常な修行に耐えたっていうだけ。よく歩いたねがんばったねーって、それだけの人。
でも現実社会では、いじめられてたりブラック企業で辛かったりすることに耐える意味って全く無いよね。耐えてたら自分の人生が良くなるなんてことはなく、実際は耐えれば耐えるほどもっともっとイジメやパワハラはエスカレートするだけだし。
イジメが止まるようになんとかするとか、イジメのないところにいくとか、何か行動をしないといけないといつまでもイジメられる。でもこの人が言うのは、いじめられてても辛いと思うな、って事でしかなくてたんなる現実逃避。
きついことにただひたすら耐える事って何の意味があるの?
クリエイティブさが1mmも無い。
クリエイティブさが1mmも無い。
世間から隔絶された山奥で一人で辛い修行しててもオツムに何の足しにもならないんだなと思った。
少なくとも、すごい修行をしたからって、人前に出てべらべら喋ってもいいレベルの人ではなかったし、むしろ、悪い日本的慣習のお手本のような人だと思った。
少なくとも、すごい修行をしたからって、人前に出てべらべら喋ってもいいレベルの人ではなかったし、むしろ、悪い日本的慣習のお手本のような人だと思った。
ま、そもそも俺はお坊さんとかめっちゃ気色悪いから嫌いだったわ。
つるつるの頭でド派手なかっこうをしてなんかの呪文を読んで税金逃れしてるおかしな宗教団体。
仏像とかはアートなので好きだけど、お坊さんは気色悪いです。
あ、マンガのブッダでも読んだけど、釈迦もありとあらゆる苦行をやったあげくに苦行は意味がないっつってやめてたよね。人生の苦を根本的に解決することはできないと悟って、難行苦行を捨てたてさ。
あ、マンガのブッダでも読んだけど、釈迦もありとあらゆる苦行をやったあげくに苦行は意味がないっつってやめてたよね。人生の苦を根本的に解決することはできないと悟って、難行苦行を捨てたてさ。
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